BLADES OF BRAVES
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目次
2020-01-01 Wed 00:00
魔女が受胎を告げた夜、《界渉》が世界を覆った。
黄泉が現世へ反り、古の七英が再び地に降り立ったその日。
少年は刀と出逢い、少女は剣を継いだ。
宿縁に結ばれし二人は命の環によって導かれ、
宿怨に縛られし魔人たちとの戦いが幕を開けた。
激動する戦渦は、あらゆる運命を翻弄しながら拡大の一途を辿ってゆく。
わがままな魔女に、もやしっ子な《犬》使い。
今もその名を語り継がれる剣聖の末裔に、忘れ去られた英雄の子孫――。
様々な力を秘めた仲間たちが集い、閉ざされた世界を繋ぐ旅は続く。



LAST UPDATE 2014/6/28



【序】

01/

【第一章】
闇冥に覆われし月夜の下に、剣の乙女は光を掲げる

01/02/03/04/05/06/07/08/09/10/
11/12/13/

【第二章】
黄泉反す祭りの星夜の下に、命の縁は紡がれる

01/02/03/04/05/06/07/08/09/10/
11/12/13/14/15/16/17/18/19/20/
21/22/

【第三章】
祭りのあとに、雪花は降り積もる

01/02/03/04/05/06/07/08/

【第四章】
昏き影、嗤う魔女、集う光

01/02/03/04/05/06/07/08/09/10/
11/12/13/

【第五章】
生命の塔

01/02/03/04/05/06/07/08/



※剣劇がメインのファンタジー小説です。一部残酷な描写を含みますが、暴力を肯定・賛美するためのものではありません。





下書き段階の原稿を少しずつ載せていきます。
決定稿ではありませんので、これから加筆訂正していく箇所が多々ありますが、ブログに挙げたものに関してはその度に修正したりせず、そのままにしておきます。
尚、一回分の長さは短めになっております。
ある程度書き溜めたところで再編し直しますので、ブログでの複数話分が本サイトでの一話分になる予定です。

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第五十七話 影獣の牙
2015-11-12 Thu 02:23
 

 斬られる、と思った。
 目の前に、刃が迫っている。しかし、動くことができない。
 手足が、震えている。
 身体が、〝声〟に縛られている。
 怪人の叫び声に宿る魔力が、エリウスの身体を呪縛しているのだ。
 その状態から、どうして鎌を持つ手が動いたのかはわからない。ジェドが反応してくれたのか。辛うじて刃を合わせたが、それだけだ。剣圧に屈して身体が倒れた。刹那に電光を発した大剣が、止めを狙って突き出される。再度鎌で防ぐか。しかし、腕は動かない。くそ、と叫ぼうとしてそれすら果たせず、全身に冷たい汗が噴き出したそのとき。
 視界を割るように流れていった火の玉が怪人の胸に直撃し、朱い爆光が拡がった。 
 不意に縛が解けたことに気づき、棒切れのように転がっていた身体を起き上がらせる。
 今のは、魔法の光だ。

 異空の下より出でよ、赤熱の飛礫(つぶて)
 地へ降り注ぎ、我に仇なす者を穿て


 なおも数重に連なる火球が飛来し、標的に小規模の爆発を重ねていく。爆光に隠れた怪人の上体が微かに傾いでいたが、その足は地をしかと踏みしめて持ちこたえているように見えた。
「倒れろ!」
 敵の足を刈るべくして大鎌を振るう。しかし、寸前に跳躍で躱された鎌刃が空を薙いだ。
「そっちは――!?」
 マリーシアがいる、と断じた思考が反射的に身を翻させた。敵は、絶え間なく襲い来る火球をものともせずに彼女へ襲いかかろうとしている。
 彼らは、魔法に対してひと際高い抵抗力を持っているのか。
 立ち上がり、その背を追った。
「略式じゃ効かない!?」
 魔杖から火球を放ち続けるマリーシアの顔に、焦りと驚きの色が浮かんだ。しかし、すぐに表情を引き締めた彼女は、《日輪の羅紋》に呼び出している咒紋の列を、より強力な発動式へと組み替え始めた。
 ――駄目だ、それじゃ間に合わない!
 意識の絶叫が、彼に地を跳ねさせた。怪人の背が、瞬時に目前となる。鎌を薙いだ。敵の首から上が、なくなっていた。だが、手応えはない。くるり、と怪人の身体が上下を逆さまにした。股下にぞわりとした鬼気を覚え、刺突用の槍刃がついた穂先を地へ向ける。重い衝撃。下から競り上がってきた刃が、穂先に絡んでいた。敵は低空で宙返りし、死角から一撃を放ってきたのだ。その圧力が、鎌柄(かまつか)を伝って腕を痺れさせた。そのまま前方へ弾かれた身体を翻し、マリーシアの前に降り立つ。
「エリウスどけて! あいつを撃てない!」
 背中のすぐ後ろで、強大な魔力が凝集している気配を感じた。
「そんなの撃ったら橋が保(も)たないよ!」
 略式ではなく正式に組まれた彼女の魔法なら、あの怪人にも通じるだろう。しかし、巨大な爆発や衝撃を巻き起こす大魔法に、この風化しかけた石橋が耐えられるとは思えなかった。戦いに気を取られていても、それがわからない彼女ではないはずなのに。
「じゃあ! どうやってあいつを仕留めるのよ!」
「下がってて!」
 まともに答える余裕はなかった。敵を牽制したまま、マリーシアを後ろへ下がらせる。明らかな劣勢であったが、打つ手がないわけではなかった。彼女のような魔法を操ることはできなくても、咒紋には別の使い道があることを、自分は知っている。
「〝あれ〟をやるの……?」
「そうだよ!」
 肯きながら、指先を軽く畳んだ左掌(ひだりて)を眼前に掲げた。昂ぶる神気が全身から湧き上がり、狼火のごとく渦巻き始める。
「――《咒装化(リグニシオン)》」
 発動の契機となる咒句を呟く、と同時に灼けるような熱さが身体中を這い回り、掌(て)の内から烈しい光が溢れ出た。そこには、《着装》を行うときに灼きつけた戌(いぬ)の紋が浮かび上がっている。紋が発する輝きを織り込みながら絡み合う神気が、左手を包むように凝集してゆく。
 変化は身体を覆う装甲にも起きており、胸部の装甲板が外へ張り出すように滑動し、鳩尾に生まれた空隙に黒水晶に似た艶を帯びた球体が現れた。
「《解封(ディ・フォルド)》」
 命じるように囁(ささや)き、左掌を翻す。同時に、紋の輝きを織り込んだ神気が光の球となって放たれた。高圧にして高密度の魔力が凝縮された光球に怪人が目を瞠(みは)る。エリウスの掌より撃ち出された光球は、彼の手前で解(ほぐ)れながら放射状に拡がり、金糸のごとく輝く霊気の筋が咒紋や符号を綴り始めていた。描出されたこれらの咒像が、あらかじめ定められているかのような規則性をもって配列され、巨大な魔法円を形成してゆく。
 そして闇の中に顕れた魔法円には、中央に幅広い〝孔(あな)〟が空いていた。
〝なにもない〟のではない。
 これから、この魔法円に秘められた機能を発揮するために、それは、欠くことのできぬ〝有意な空白〟であった。
 エリウスの大鎌が踊り、円孔の画布に刃光の軌跡が刻みつけられる。
 鎌刃が閃くごとに魔力の篭められた刻印が姿を顕してゆき、最後に横薙ぎの一閃を加えることで、〝それ〟は完成した。
 雄壮なる力を顕す、大地の刻印。
 エリウスは、完成した魔法円に向って左の掌をかざした。
「《大地の印(アルト・ランダス)》――!」
 叫ぶと同時に掌中の紋が輝きを増し、それに呼応するように魔法円が烈しい光を放った。再び霊気の糸へとほぐれた魔法円が、四囲に拡がりながらエリウスの身体に絡みついてゆく。純黒の装甲に霊光の紋様が灼きつき、大地に拡がる地割れのごとき様相を呈していた。
 紋様が四肢の隅々へ行き渡るのと同時に、鳩尾の黒水晶に魔法円へ刻んだものと同じ《大地の印》が浮かび上がる。
 全身を駆け巡る大地の紋様は、大鎌の刃にまで及んでいた。
 これが、純黒の魔装に秘められた、本来の姿なのか。
 ――さあ、来い。
 ――僕の本当の力を、見せてやる。
 身体中の血が滾り、両の腕(かいな)に力が漲ってゆくのを感じながら、エリウスは大鎌を手の内で踊らせ、怪人へ差し向けた。この挑発を受けるように、怪人が大剣を振り上げて踊りかかってくる。
 ――行くぞ、ジェド!
 異形の黒貌に穿たれた眼孔が光り、大鎌が払われた。大剣が弾かれ、斬圧に堪えかねた怪人の巨体が微かに浮き上がる。
 力は、こちらが上だ。
 そんなの、改めて確かめるまでもないことだった。
 このまま、ひと息に押し切る。
 すぐに体勢を立て直した怪人が、己を奮い立たせるように雄叫びを上げた。
 怖いのか。
 この大鎌の刃が。
 僕の力が。
 この身体に漲る、咒装の輝きが。
 電火を散らす大剣が、再び挑みかかってくる。
 しかし、撫でるように振るわれた大鎌がその一撃を易々と打ち払う。
 何度来ようが、同じだ。
 逃げるなら、今のうちだぞ。
 いいのか。 
 この力、全部、遣うぞ。
 いいのか。
 この力、全て吐き出すぞ。
 もう――、抑えきれない。
 身体中に湧きあがる力を早く解放しなければ、手足がはちきれそうだ。
 僕の中に目醒めた魔物が――、お前を――、喰らう。
 突き出された大剣を半身になって躱した。伸びきった相手の腕を攫(つか)み、力任せに投げ飛ばす。橋梁を揺さぶる振動音。体勢を立て直そうとする相手の頭上へ、跳躍。宙で幾度も身を翻し、斬撃の驟雨(しゅうう)を浴びせる。虚空に踊る影。そして、鎌。黒き刃が奔るごとに、怪人の身体に血の筋が生まれた。その手に操られる大剣が懸命の抵抗を見せていたが、防ぎきれるものではない。両者が刃を交わすたびに、血の筋がより大きく、より深くなってゆく。
 ――これで、終わりにしてやる。
 大鎌が振り上げられ、その刃に宿る咒装から魔光が溢れ出した。
「《破壌の牙(グランス・バイド)》――!」
 鎌刃が唸りを上げ、魔光が棚引いた。怪人が吼え、烈しさを増した電光の剣で迎え撃つ。だが、咒装化を果たした大鎌の一撃を食い止めることはかなわない。死魔の牙が、鋼も、電光をも噛み砕く。大剣が千切れ飛び、驚愕に目を見開く怪人の額へ大鎌の刃が食い込んだ。断末魔の叫びすらない。頭蓋を断ち割った閃軌が筋骨隆々たる巨体を切り裂き、腰まで深々と抉る。その直後、正中を奔り抜けた魔光の軌跡から地割れのような光が拡がり始めた。振り切った大鎌を引き戻し、刃の根元へ咒紋を追記する。
 すぐ、楽にしてあげるよ。
 呻き声も出せずに悶え続ける怪人へ呟き、石畳を蹴った。橋上を異形の影が駆け抜け、標的の胴へ幾筋もの斬軌が刻まれる。
 次の瞬間、怪人の身体に眩い光芒が浮かびあがり、一つの巨大な咒紋を形成した。
 顕れた咒紋の意味は、《爆砕》。
 怪人の遥か後方へ抜けた異形の戦士が、刃にこびり付いた黒血を払うように大鎌を振り下ろした――、刹那。
 爆光。
 白々とした光が、怪人の身体を喰い破った。橋上に灼熱の火球が開く。鉛色の巨躯が瞬時に蒸散し、爆圧によって振動した橋梁は石畳が破砕され、大穴が穿たれていた。
 橋上を爆風が馳せ過ぎてから数秒後。灼け融けて大半を焼失した大剣の柄が、エリウスの足下へ転がり落ちてきた。他に、残ったものはない。
 頭領と見られる一体が斃されたことで恐れ慄(おのの)いたのか、他の怪人たちが川へ飛び込むなどして一目散に逃げ去ってゆく。
「……ちょっと、やりすぎちゃったかな」
 橋を壊さないように戦うつもりだったのに、この力はまだまだ自分の手に余る。うまく戦えたかの反省はともかくとして、敵を追い払うことはできたようだ。
 一つ息をつき、背後を振り返る。
 燻る黒煙と焼け焦げた石畳の向こうに、マリーシアの姿が見えた。
 彼女を守れたのだから、ひとまずはそれで十分かと思う。
 自分の五体が無事であることを示すつもりで、大鎌を高々と掲げてみせた。
「なにカッコつけてんのよ」
 呆れたような言葉をかけられたが、声音の中に幾ばくかの安堵が含まれているのがわかった。 
「ぼけっとしてないで、早く戻ってきなさい」
「大変だったんだよ。少しは労(ねぎら)いの気持ちがあってもいいと思うけど?」
「ああそう、頑張ったわね。橋が崩れると困るんだから、壊したところはあんたが責任もって直しなさいよ」
「無理言わないでよ」
 どうやら、橋を壊すなと言ったエリウスが石畳に大穴を空けてしまったことに対して、意地悪を言われているようだ。
 でも、これはこれで彼女らしい労い方かな、と納得した異形の戦士は仮面の内で微笑していた。

   †

 まるで、死神のようだった。
 恐慌をきたして逃げ散ってゆく怪人たちの背を見送りながら、刀を鞘に納める。
 ヴァンだけではなく、エリウスも本当の力を隠していたのだ。
 アストは、全力を尽くしても怪人たちの頭(かしら)には敵わなかった。
 自分と仲間たちとの間には、少々の修練を積んだくらいでは埋めがたいほどの力の差がある。わかっていたことではあるが、胸を埋める劣等感に現実を再認識する以上の意味を見出せそうになかった。
 今の自分では、みんなの足を引っ張るだけだ――
 切りがなく続いてしまう自責の念を、知らずと作っていた拳の中に握りつぶした。
 いつまでも思い悩んでいては、本当にみんなの足を引っ張ることしかできなくなってしまう。
 顔を上げると、咒装を解いたエリウスにヴァンが話しかけようとしているところだった。
「お前も力を隠していたのか」
「そっちと同じだよ」
「なにがだ?」
「咒装を維持するのは力の消費が激しいんだ。そう何度も遣えないよ」
「なるほど、俺の章紋と使い勝手は同じか……。もっとも、行使するのが善なる英雄の力か、邪悪な犬の力か、という明白にして決定的な違いはあるが」
「ジェドは邪悪じゃないよ」
 エリウスの言葉から察するに、自身に紋の力を与えた状態を保つのは、魔法を絶え間なく使い続けるのと同じように魔力と精神力を磨り減らすものなんだろう。
 そういえば、先ほどの怪人たちも武器や己の肉体に咒紋のようなものを刻み付けていたと思い出す。あれは、同様の理屈で紋を刻み付けた対象に魔法の力を付与する術であったのかもしれない。
 彼らが人の言葉を理解できるようには見えなかったが、思っていたより高い知能を持った種族だったのだろうか。
 不意に、刀を振っていた手や腕に気味の悪い感触が這い回ったので、アストは掌を服にこすりつけた。相手が怪物とわかっていても、人に酷似した生き物を斬ったことに対して身体が生理的な忌避感を示しているようだ。逃走した怪人の群れがすぐに襲いかかってくることはないだろうが、またあの連中と戦うことはあるかもしれないと考えると、陰鬱な気分に襲われた。
「それで、あいつらは何者だったんだ?」
 嫌な心持ちをはぐらかすように、ふと思いついた言葉を口にしていた。
「ここに連れて来られた、異界の鬼かもしれないわね」
 マリーシアが《辞書》を手元に呼び出すと、ひとりでに紙面をめくった《辞書》が、角の生えた人型の魔物の姿を宙に投影した。
 分厚い肉の鎧を纏った巨体に、残忍さと凶暴性を宿した形相でこちらを睨む鬼の影像は、あの怪人たちとよく似ている。
「なんでこんな物騒な連中を連れて来るんだよ」
「飼い馴らすことができれば、兵器として戦争で使えるでしょ。そのために、この界層を異界に似た環境にしたのかもしれないわね」
 マリーシアが語った推測の半分は納得できたが、残りは違った。
「いや……、さっき覗いた死者の記憶だと、なにかの異変が起きたせいで、ここに界瘴が流れ込んできたように見えたな」
「あたしは、彼らが環境の制御に失敗して予想外の事故が起きたんだと思うけど。……まぁ、詳しいことを調べるのは後回しにしましょう」
「そうだな」
 幸いにも、戦いの激しさの割には重度の戦傷を負った者はいなかったので、かすり傷や軽い打撲傷にはマリーシアの薬やリリィの魔法による手当てを施すことにした。浅傷ばかりとはいえ、自分が一番多く傷を受けているのが情けなく感じる。
 とりあえずの応急処置を終えて先へ進もうとしたとき、ルシェルが左腕をさすりながら身震いするのが目に入った。
「どうしたの?」
「……いいえ、なんでもありません」
 気になって声をかけてみたのだが、ルシェルからは、それ以上の気遣いを拒むような答えが返ってきただけだった。
 彼女も、人に似た生き物を斬った後の嫌な手触りを感じているのかもしれない。
「瘴気の濃いところに長くいるせいで、身体によくない影響が出ているのかもしれません。早くこの界層を抜けましょう」
 リリィの言葉に従って石橋を渡った一同は、円環を頂く太樹の根元に広がる森の中へ足を踏み入れた。


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第五十六話 異貌の者たち
2015-04-22 Wed 05:34
 

 石橋の左右に屹立した四つの水柱が、アストたちを取り囲んだ。
 上昇し、大きく旋回しながら伸びた水柱の一つが正面に迫ってくる。反射的に刀の柄へ手を伸ばし、握り込む。直後、水柱の先端が瞬時に膨張した。爆散。振り撒かれた幾千もの飛沫が、豪雨のごとき烈しさをもって降り注ぐ。咄嗟に目を庇ったが、腕が作り出す死角の向こうに、何者かの気配を感じた。見えはしない。だが頭上から、殺意の軌道が来る。目を庇うのをやめ、刀を鞘走らせた。太刀合う手応え。やみかけた飛沫の向こうに、中空から降り立つ黒影が見えた。残る三つの水柱からも、同様の殺意をもった黒影が飛び出すのがわかったが、それらの対処は仲間たちに任せるしかない。
 まずは、正面の敵に意識を集中する。
 剣を構えたそれは、人の姿をしていた。しかし、人間には見えない。黒鉛を人型に押し固めたかのような体表は、岩肌を思わせる板状の鱗に覆われている。怪物か、もしくは怪人とでも呼ぶべき存在なのだろうか。乱れた灰白色の頭髪が顔の半分を隠すほどに伸びており、前髪の隙間からは純粋な黒に染まった眼球が覗いていた。その中央にある瞳孔だけが、鉛と同じ色に輝いている。半裸の上半身に剣の鞘を背負い、腰に獣の毛皮を捲きつけた姿は未開の蛮族そのものだ。剣身には文字のような印が刻まれていたが、意味を読み取ることはできなかった。《辞書》には載っていない咒紋なのだろうか。手に提げられた剣は毒々しい暗青色の光を発しており、なんらかの呪的な力を帯びているだろうことは十分に考えられた。
 彼が何者かは不明だが、死者の記憶の中で遭遇した黒影と、同じ気配を持つ者であることのは間違いない。ルシェルはいち早く気づけたというのに、目の前に現れるまでわからなかったのは、自分が未熟なせいなのだろう。だが今は、己の力不足を恥じ入る時ではない。
 敵が、動き出した。獣のごとき鋭い呼気とともに、地摺りからの刃光が跳ねる。刀を合わせたが、加速と加重の乗った剣圧に押されて靴底が滑った。
『足下に根を!』
「根を……? ――こうかっ!?」
 アヤノに囁かれ、足下に神気を放出した。橋板へ浸透し、内部に拡がった神気の根が身体を堅固に固定する。搗(か)ち合う刃の向こうで、敵の剣に刻まれた印に魔力の光が灯った。暗青色の刃が妖しく輝き、刀にかかる剣圧が一層に強まる。だが、足下に張った神気の根が、アストの体勢を護持していた。
 これなら、負けていない。
 命の力は、負けやしない。
 神気の焔をより強く燃やし、怪人の剣を弾き返した。いける。一気に畳みかけようとしたアストの意思を、足が押し留めた。
 ――なんだ……?
 脳裡に呟く傍から、『よく視なされ』というアヤノの声が聞こえた。
 体勢を立て直した怪人の後方に、橋上へ這い上がってくる影の群れがある。
「あんなにいるのか……!」
 口の中に呻いた直後、宙に飛び上がった新手の一体が、こちらへ棒状の獲物を放ってきた。投槍か。刀で払う。橋板へ切っ尖を突き立てて落ちた槍の穂先に、妖しい光を放つ刻印が並んでいた。その意味を読み取ろうとする思考を頭の片隅に追いやり、怪人の群れへ視線を戻す。その瞬間、足下で光が膨らんだ。
「なんだ!?」と叫んだ声が、直後に身体を叩いた衝撃と暴風に掻き消される。足下に張っていた神気の根が、橋板から引き剥がされるのを知覚した。抗えない浮遊感。
「アストさん!?」
 こちらへ手を伸ばすルシェルの姿が見る間に遠くなってゆく。
「しまった!?」
 自分の迂闊さを悔やんだところで、アストには橋上へ戻る術がない。あと数秒で、界瘴に侵された毒河へ叩きつけられるのを待つだけだ。
「お兄さんは私が捕まえます!」
「ぐえっ!?」
 突然襟首が締め付けられ、苦呻が漏れた。つま先のすぐ下に、黒い川面がある。リリィが外套を引っ張り上げて落下を止めてくれたとわかったが、これでは息ができない。
「は、離せって……!」
「だめです! 離したらお兄さんが落ちてしまいます!」
「首が……! 絞まってんだよ!」
「戻るまで我慢です!」
「人を首吊りにするのが……、神遣いのやることかよ!」
 リリィへ文句を叫ぶ間に、石橋の近くまで戻ることができた。
「もう十分だ! こっから降りられる!」
 頭の上に向って叫んだ直後、橋上に群がる怪人のうちの一体が、こちらへ顔を向けるのが見えた。なにかを叫ぶように開かれた口の奥が、不穏な光を発している。
「――!」
 重く、低い咆哮が大気を震わせた。目の前の景色が不可解に歪み、混ぜ合わさり、撹拌される。頭に割れるような痛みが奔り、鋭い耳鳴りが響き始めた。とても、耐えられない。
「ああぁっ!?」
 頭上より響いてきた悲鳴が、不快な感触に押し拉げられた意識を突き刺した。身体が、重力に引かれ始める。真っ直ぐ落ちても、橋には届かない位置だった。懸命に腕を伸ばしたが、爪の先が欄干を掠めただけだ。
「ちくしょう!」
 縋る思いで、橋梁を取り巻く蔓を掴んだ。落下の勢いを殺した反動で腕と肩が軋んだものの、耐えられないほどではない。
「リリィはどこ行った!?」
 下方に視線を巡らせたが、それらしき姿は見当たらない。既に毒河へ落ちてしまったのか。
『背に掴まってござるよ』
「うっ……、く――はぁ……っ!」
 背中から、苦しげに喘ぐ声と外套にしがみつく確かな感触が伝わってくる。
「落ちるなよ! アヤノさんはそっちの様子を見といてくれ!」
 刀を片手で鞘に納めながら、蔓を伝って橋上へ昇るのに適当な経路を探した。視線を上に滑らせる。そこへ、黒い影。
「くそっ!」
 身体を捻り、頭上からの一刀を躱した。下方へ流れてゆく相手の首元へ蹴りを突き刺す。直後、蔓をつかむ右手に違和感が生じた。
「蔓を切ったのか!?」
 片側からの支えがなくなり、振り子となった身体が後方の橋脚に向って振られる。身体を反転させると、橋脚を這い登る怪人の群れが見えた。それらのうちの一体が、こちらに向って跳んでくる。
「――どけろよ!」
 下から奔ってきた剣を蹴り払う。余勢を利して胴を回し、怪人のこめかみに踵を叩き込む。相手の眼球が裏返るのと同時に、蔓を引く手応えが無くなった。もう片方も切られたか。重力に引かれて撓垂れるがままの蔓を投げ捨て、落下してゆく怪人の肩に足をかけた。
「届くか……!」
 念を込めるように呟き、神気を込めた靴先で怪人の肩を蹴る。反作用で浮き上がった身体は橋上へ躍り出るに至らなかったものの、欄干に取り付くことはできた。
「これでなんとか――」
『まだでござるよ!』
 アヤノが叫んだその時、欄干の上から剣光が降りかかった。
「こいつら……!?」
 素早く蔓を伝うことで躱したが、あと数瞬遅ければ頭をかち割られていたところだ。
 今度は、頭上に三つの光が見えた。
「やられる!?」
 焦りに駆られるまま蔓を手繰ろうとした右手が空をつかむ。
 戦慄した。
 しかし、直後に差し込まれたしなやかな感触が掌を包んだ。
「こちらへ!」
 その声と、しなやかさの中に芯の強さを秘めた掌の感触を信じ、身体を引き上げた。アストを狙っていた三体の怪人が、剣を振り上げた恰好のまま橋上に倒れこむ。
 ――また、助けられたのか。
 ありがたさと情けなさの入り混じった感情を奥歯で噛み殺した。
「彼らはなにをやったのです?」
 ルシェルは問いを口にしつつも、隙を作らぬように周囲の敵を牽制していた。
「わからない。よく聞き取れない言葉を浴びせられた」
 あの咆哮を言葉と認めてよいものかはわからないが、ただの叫び声とするには違和感がある。
「彼らの叫び声には、魔法に似た力が篭められているように感じました」
「あれも、魔法か……」
 ルシェルの感じ方は、正しいのだろうと思う。
 とすれば、あの咆哮には人の神経や精神に干渉して障害をもたらす力があるのかもしれない。そしてその作用は、神遣いに対しても有効であるということだ。
 このような力を持つ彼らは何者なんだろうか。
 祇徒や、異霊と呼ばれる者たちと、同じ存在であるとしか思えない。
「すみません……、私のせいで迷惑を……」
 背中から降りたリリィは、まだ回復しきっていないのか額を押さえていた。
「無理はしなくていい。後ろに隠れてろ」
 治癒の咒紋を呼び出した神遣いを背後に庇いながら、刀を抜いた。怪人の群れが押し寄せてくる。刻印を光らせた槍が突き出された。穂先を断ち落とし、懐に飛び込む。刀を払い、間合いから退いた。割れた怪人の腹から黒い血と臓物が溢れ出る。前のめりに倒れた骸を乗り越え、後続の敵が迫ってきた。その手に持たれた剣には、やはり光る刻印が彫りこまれている。初撃を刀で受けた瞬間、敵刃の表面に雷火の束が生まれた。『感電』という言葉が無意識裡に《辞書》から読み出され、うっ、と胸中に呻いた直後、
『無縁にござる』
 アヤノの声を認識し、身体に痺れや痛みが全くないことに気づいた。凶々しく輝く敵刃から烈しい電光が噴き上がっているが、サクラメの刀身がそれらを寄せつけない。
 ――弾いてる……?
『左様。サクラメより出ずる力は刃紋の力。故に、無縁』
「そういうことか!」
 敵が剣を引く呼吸に合わせ、橋板を蹴った。爪先から神気の火花が散り、身体が加速する。剣を払いのけると、胴ががら空きになった。一刀を叩き込む。血煙とともに骸が倒れ、輝きを失った魔剣が橋上に転がった。
『あちらの旗色が悪うござるな』
「どこだよ?」
 左右に視線を走らせたそのとき、こちらに飛ばされてくる白銀の甲冑があるのに気づいた。
「ヴァン・グレン!?」
「ぐおおっ!?」
 針路上にいた怪人たちを弾き飛ばしながら橋上に落ちた重戦士が、アストの近くまで勢いよく転がってくる。
「なんて怪力だ……! 無類のタフネスを誇るこの俺を、こうも容易く吹き飛ばすとは……!」
「早く起きろ!」
 即座に手を差し伸べ、ヴァンを助け起こす。彼を簡単に蹴散らすほどの強敵がいるのなら、エリウスやマリーシアも無事ではすまないだろう。やや離れたところで、激しい衝突を繰り返している神気があるのを知覚し、視線を向けた。
 仮面の双眸を光らせたエリウスが、巨躯の怪人と刃を交えている。その隙に、敵の後方を突いて挟撃できると思えた。
「今なら――!」
『不用意にござるぞ!』
「なにが!」
 橋上を駆け、ひと息に間合いを詰めた、そのとき。
 怪人が、咆哮を上げた。
 黒ずんだ鉛色の巨躯より、瞬発的に〝力〟が膨張する。
「なんだ!?」
 突如発生した瘴気の爆発に全身を叩かれ、手足の動きが阻害される。怪人の正面で咆哮を浴びたエリウスも、同じだ。全身を戦慄(わなな)かせ、懸命に抵抗する仮面の戦士へ魔の大剣が振り下ろされる。辛うじて動いた大鎌の柄が防いだが、剣圧に弾かれたエリウスの身体は地に叩きつけられた。
『もやしどの!』
「ん――の野郎……!」
 激発した怒気が神気の焔へと転化された。湧き起こる力に震える手足が、瘴気の呪縛を打ち破る。敵の注意は、地に倒れているエリウスに惹きつけられているようだった。その後姿は、まるでこちらを警戒していないと見える。アストはサクラメを振り下ろした――しかし、下からの剣軌。刀を合わせるのが精一杯だ。敵が振り向く瞬間を認識できなかったが、反対に自分が切られていたかもしれない、という想像に冷や汗が吹き出た。
 瞬時に体(たい)を入れ替えた怪人の胸元には、刺青のような刻印が光っている。これも、なんらかの魔法を生み出す印なのだろうか。
 その思考に気を取られた瞬間、刀を跳ね上げられそうになった。敵の剣圧が、強まっている。身体中の神気を刀身に集束させ、抵抗した。
 やれるはずだ。
 命の力がある限り、負けはしない。
「――うわっ!?」
 身体が、弾き飛ばされていた。
 渾身の力を込めた抵抗が、蚊でも振り払うかのように払い除けられたのだ。
『根を張りなされ!』
「っ!? わかってるよ!」
 アヤノの指示に従い、足下に神気の根を展張した。橋板に食い込んだ神気が、火花を爆ぜ散らしながらアストの身体を減速する。しかし、止まらない。
「ぐっ、あ!?」
 抵抗しがたい圧力に流されるまま橋上を滑り続けたアストは、欄干に背中をしたたかに打ちつけたところで、ようやく静止することができた。
「くそ、耐え切れなかった……!」
 咳き込むと同時に、背中がずきりと痛んだ。自分の力がまるで通じなかったことに、束の間呆然とする。
 命の力を使ったところで、より大きな力の前では無力なのだと思い知った。
『呆けている暇はござらぬぞ! 早くあやつを止めなされ!』
「力負けしてるんだぞ! どうやって戦えって言うんだよ!」
『魔女どのが狙われているのでござる!』
「なに……!?」
 視界の向こうで、あの刺青をした怪人がマリーシアに襲いかかるのが見えた。


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